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日々の記録。

私の「感性」

私の師匠は「感性」という言葉をよく使う。「感性」とは「感動」できる心のこと。「感動」と「感激」は違うもので、「感激」できるひとは多くても「感動」できるひとはそういない、というのが先生の持論だ。

「感性」は芸術のみならず、日常におけるそのひととなりそのものである。他人に対して愛情をもって接することができるということ。相手のことを慮ることができるということ。

師匠の使う「感性」という言葉にあてはまるひとはみな、人当たりが良く、物腰柔らかで、愛想が良い。物事に対する探究心がある。探求することの嬉しさを知っている。

師匠は「感性」が育つためには、幼少期の環境が非常に大事だと言った。親にきちんと愛情を注がれ、コミュニケーションを学ぶことがなによりだそうだ。親子関係がうまくいかなかった子どもは、「感性」の欠けたおとなになってしまう。

 

師匠は、40年近くに渡り学生を指導し、一大門下を築いた。その師匠が40年間多くの弟子を育て得た人生観は、確かにひとつの正解なのだと思う。

しかし一方で、私は師匠のいう「感性」の稀有な例外なのであった。

私の育った家庭環境は決して良好といえるものではなかったし、中学生頃から自殺企図は絶えず、20歳で双極性障害(ii型)と診断された。それから5年経った今も尚「治療中」である。

師匠の理屈に基づけば、私はどこかしら「欠けた」おとなになってしまったのだろう。事実、「人に愛される」ということがさっぱりわからないのだ。「愛される」という経験が25年間なかったので、今更「愛」を差し出されても、異国のゲテモノ料理のような、匂いだけで吐き気を催してしまうような、ものにしか思えないのだ。幸い「人を愛する」ことはできるのだけれど、いつも一方的で、返ってくるものをうまくうけとることができない。食わず嫌いをしているのである。

こんな「欠けた」私だけれど、師匠は「感性」があると言ってくださった。思いやり、愛情、探究心。普通だったら育たなかっただろう要素を、幸いにして私は持っているおとなになることができたのだ。

では私の「感性」はどこからきたのだろう。答えは師匠にもわからない。改めて私は、自分の特異性を思い知らされる。師匠の未だ知らない人生が、私の先には広がっている。それがよいものなのかどうかはわからない。

 

師匠の言うことは絶対ではない。けれど、生きることの辛さに日々悩まされている私にとって、「あなたには「感性」があります」と師匠が会うたび言ってくださることが、間違いなく心の支えになっている。私は私でよいのだと、安心させてくれる。

「欠けた」私の存在価値を誰よりも認めてくださっているのは、師匠だった。