読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Prestige

日々の記録。

読解する

左から右へ、目を動かす。文字列をスキャンする。一番端までいったら、1行下へ移動して、同じことを繰り返す。たったこれだけの動作なら、さほど難しくない。

だが、スキャンした文字列は、何がしかの意味を持っている。

ワタシハソノヒトヲツネニセンセイトヨンデイタ

ダカラココデモタダセンセイトカクダケデホンミョウハウチアケナイ

1文目と2文目はどのような関連にあるのか?カクことをしているのは誰だ?ホンミョウって何のことだ?そもそもなにがダカラなんだ?ワタシは誰だ?

文節までを認識することはできるのだ。ただ、文節と文節がどのようにつながって文となって、文と文がどのようにつながって文章になるのかが、わからない。だから、1行読んで、2行目にいくのだけれど、すぐにまた1行目に戻る。話の流れがわからない。ループを繰り返しているうちに、疲れて読書そのものを放棄してしまう。

 

19歳の夏、文章が読めなくなった。幼少期には文庫本1冊1時間とかからなかった私が、新聞を舐めるように読んでいた私が、段落1つ目を通すのさえ苦痛に感じた。ある日突然、日本語が、不慣れな外国語のようになった。

小説を読めなくなったことはショックだったけれど、それ以上に困ったのが教科書が読めないことだった。苦肉の策で始めたのが、ノートへの転写だった。音読しながら、文字をすべて書き写し、それをまた読み返す。時間は果てしなくかかるけれど、それでもゼロよりましだと思った。

文章は読めなくなったけれど、楽譜を読むことに支障はなかった。小説に代わって五線譜が、私の新たな友達になった。

 

文章が読めない状態は、3年間続いた。

23歳の秋、何気なく手に取った村上春樹1Q84は、すっと私のなかに落ちてきた。ある日突然、日本語が流暢に読めるようになった。段落を遡らなくても、ページを逆にめくらなくても、物語が私のなかに落ちてきた。嬉しさに涙しながら、慌てて空の月の数を何度も確認した。

 

今でも、小学生の私のように、1日に何冊もハリー・ポッターを読むことはできないし、ちょっと難しい文章となると書き写さないと理解ができない。

人工知能は読解問題が苦手ときいて、ああ私も同じなのかなと、思った次第。